まず始めに、著者は欧米における初期フェミニズムには共感を示しつつも、ここ日本における近代フェミニズムおよびジェンダーフリーには共感を示していないことを記しておきたい。---
フェミニズムの起源
一説によるとフェミニズムの起源はギリシアの詩人サッポーにあると言われている。又、ルネッサンス期のフランスにおけるクリスティーヌ・ドゥ・ピザン(『女性の都の本』1405年)のような女性著述家あるいはジェイン・アンガー(『ジェイン・アンガーの女性の擁護』1589年)を起源とする説もある。
ジェイン・アンガーは以下のように言う。
われわれは男性からすべての苦痛を受け取っているのだから、われわれは男性の苦痛なのである。われわれは男性が笑うとき悩み、男性が座って歌うとき座ってため息をつき、男性が横になって寝たりするとき、座ってすすり泣く。[1,
P8]
しかし、現代のフェミニズムはこれらと類似性があるとしても、実際には、フランス革命とアメリカ革命を背景に成長してきた。
フェミニズムの3つの系統
伝統的なフェミニズムは、以下の3つの系統に分類される。
1.個人的権利の系統(平等権フェミニズム)
2.福音主義の系統
3.社会主義の系統
それぞれの概要を記載した後、現代に至るフェミニズムの流れを記載することにする。
3つの系統:その1 個人的権利の系統(平等権フェミニズム)
イギリスの流れ
始まりはイギリスからであった。
この系統において根幹となるのはジョン・ロックの『統治論二編』(1690年)であり、それをフェミニズムに取り入れ、発展させたのがフランス革命期におけるメアリ・ウルストンクラフトの『女性の権利の擁護』(1792年)、そして、その100年後のジョン・スチュアート・ミルの『女性の隷徒』(1869年)である。
尚、ウルストンクラフトとミルの両者とも、以下のような結論に達している。
教育を受けた女性は、理性的で慈愛にあふれた妻として母として家庭内で働くことにより、社会にもっともよく奉仕するだろう[1,
P15]
特に後者はイギリスにおける女性の平等権と参政権を主張し、1903年に設立された女性社会政治連盟における25年にもわたる活動の末、1928年に女性の参政権が与えられている。
「フェミニズム(feminisme)」という用語の起源
「フェミニズム(feminisme)」という言葉もこの流れから生じたもので、この言葉は、「フェミニスト(feministe)」という言葉と共に1882年、ユベルチーヌ・オクレール(フランスにおける最初の女性参政権協会の組織者)によって作り出され、始めはフランス語、すぐに英語にて用いられるようになった。
アメリカの流れ
イギリスに続き、アメリカでは「セネカ・フォールズ大会」(1848年)の「感情宣言」によってフェミニズムの「平等権」の流れが本格化するようになった。この文章はアメリカ合衆国独立宣言を背景にしており、「すべての男性と女性は平等につくられた」と主張する。 これらの活動に関わる者たちは、もとは反奴隷制運動に関わってきた女性たちが多くを占めていた。
南北戦争後に、黒人指導者フレデリック・ダグラスが女性参政権を拒否したのは、黒人男性の参政権を保証するためであったと気付いて深い傷を受けた。[1,
P16]
この結果、1869年に「全国女性参政権協会(NWSA)」が設立され、アメリカ合衆国憲法を修正することを目指した。 平等権に代表されるこの系統のフェミニズムは以下のようにまとめられる。
男女のいわゆる差異は社会的環境によるもので、社会的・教育的・経済的機会が同一であれば、両者は同一であると考える。この伝統は、権利と責任の自由、自己決定、自律性、自分の運命に対する支配を強調する。この伝統は、参政権闘争の発火点となり、現在では中絶権運動の急先鋒となっている。[1,
P16]
3つの系統:その2 福音主義の系統
この系統は、プロテスタント、特に福音主義を元としたものである。
初期フェミニズム運動に参加した女性の大部分がユニテリアン派かクエイカー教徒であったということは、偶然ではない。どちらも、各信者が神と個人的につながるという、強い個人主義的立場を主張する宗教である。またどちらの宗教も、女性は性的被造物である以前に人間個人であり、そうしたものとして男性と同一の政治的権利を持つのが当然だという信念を持っていた。[1,
P16]
そして、女性と男性とは「本質的に異なるもの」であると主張する。それ故に、女性は肉体的に劣っているが精神的には優れていると考える。よって、女性の肉体的弱さは「保護」を必要とするとし、女性保護立法を推進することとなった。
この系統も、個人的権利の系統(平等権フェミニズム)と同じく、男女が争いあうようなものではなかった。男性と女性は役割が補完的なものであり、「家族礼賛」主義として花開いた文学・芸術において、女性は家庭における献身的な妻として賛美された。
3つの系統:その3 社会主義の系統
この時期にもっとも影響力を持ったのは、アウグスト・ベーベルの『女性と社会主義』(1879年)であり、彼女は、第一に社会主義社会の実現を目標とし、それが困難であるが故に、第二として参政権を含む女性の平等権、平等な職業訓練、経済的搾取に対する法的保護を目標とした。そのほかにも、もちろんカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの著作もまたフェミニズムに大きな影響を与えた。
エンゲルスの著作『家族・私有財産・国家の起源』(1884年)では以下のように述べている。
女性は世界における道徳的未来の真の担い手である。(中略)いいかえれば、男性が社会主義の状態の下で生活するようになった時にのみ手に入れる価値を、女性はすでに体現していたことになる。[1,
P13]
社会主義者のシャーロット・パーキンズ・ギルマンは、すべての家事と育児が集団の努力によって行われる、協同組合の集団生活を主張した。
又、イギリスにおけるフェビアン運動のグループ「フェビアン協会女性グループ」のメイベル・アトキンスンは1914年に以下のように述べた。
フェミニズム運動の究極のそして最深部に横たわる目的へ到達する唯一の道は、社会主義を通してであることは明らかになっている。すべての賢明なフェミニストは、自分がますます社会主義の原則を採用せざるをえなくなっていることに気付くだろう。[1,
P13]
社会主義フェミニズムは「福祉社会主義」を主張し、貧しい女性や特に労働階級の女性と子供に対する福祉を政府に求めてきた。 本来の目的である社会主義は多くの国々では実現されなかったが、社会主義となった多くの国々において理想が幻想へと崩れ去ったのは皆が知っての通りである。
運動の最盛期・第一波フェミニズム(1870-1928)
この時期は、参政権運動および教育運動、社会革命運動が盛んに行われた。19世紀末にはヨーロッパ全体、20世紀初頭にはその他多くの地域で活動が行われた。後者の活動は、はじめは近代化あるいは民族独立という理想の一部として行われたため、女性ではなく男性の改革派知識人、たとえばエジプトのカシム・アミン、日本の福沢諭吉、中国の康有為などが指導した。
この時期におけるフェミニズムは、道徳的活動に根ざしており、奴隷廃止運動、女性の教育運動、女性の地位の法的改革などが行われた。
この結果、近代的国家という概念と女性に対する法的な平等という概念が同一化することとなる。
停滞期(1928-1960)
この時期、多くの女性が「職」の場に就くこととなった。しかし、1950年に入ると、伝統から離れた女性達に様々な問題が現れ始める。
第二派フェミニズム以降(1960年代〜)
この時期、いわゆる「コンシャスネス・レイジング」(意識改革、意識高揚運動)が始まった。キーワードは「個人的なことは政治的である」という点である。
小さな草の根女性グループが個人的な経験を分かち合い、それぞれの経験が共通の抑圧という一般的な構造に繋がっていることを理解した。つまり、「個人的なことは政治的である」ということを理解したのである。[3,
P53]
ここで、3つの系統のうち最初の2つ(個人的権利の系統、福音主義の系統)と社会主義フェミニズムとが結婚することとなる。なぜなら、「個人的な問題は社会的な原因から生じる」という考えは共産主義(マルクス・エンゲルス)が生み出したものだからである。 よって、望む望まないに関わらず、現代のフェミニズムはマルクス・エンゲルスの思想の流れを汲むこととなる。
例えば、以下のようにコンシャスネス・レイジングは現代フェミニズムにおける根幹をなしており、現代まで続いている。
レッドストッキングスというアメリカのグループは、ウイリアム・ヒントンが「翻身」で描いた「つらいことを語り合う」という中国のやり方とコンシャスネス・レイジングを結び付け、コンシャスネス・レイジングが女性の具体的な信実に迫る、女性解放の唯一の方法だと主張した。同じくキャサリン・マッキノンも、コンシャスネス・レイジングという過程を経て今日のラディカル・フェミニズム分析が形成されたと述べている。(中略)マッキノンは、「フェミニズムにとって個人的なことは認識論的にいって政治的であり、その認識が政治になる」ため、コンシャスネス・レイジングはフェミニズムの真髄であると論じている。[3,
P53]
こうした構造は、今日において他者からの批判が受け入れられない下地ともなっているが、良い面としては、1970年代に女性が今まで言い出せなかった数々の問題、特に労働者階級の女性と黒人女性が白人に対して抵抗を見せるための下地ともなった。 このコンシャスネス・レイジングによってセクシュアリティ、主体性、身体に対する各種のフェミニズム理論が構築されていった。
次のような言葉はフェミニズム運動家の口癖だ。
女の歴史をたどるには、まず女の抑圧の事実だけでなく、この抑圧がどう隠蔽されているのかを明らかにせねばならない。なぜなら、隠蔽は抑圧の一部であるからだ。[4,
P111]
近代フェミニズムの始祖メアリ・ウルストンクラフト
彼女自身は自覚していなかったにせよ、近代におけるフェミニズムの始祖と呼んでよいのが先に述べたメアリ・ウルストンクラフト(18世紀後半)である。
この時代、メアリは以下のような価値観に反抗した。
当時、女性の賢明さとは、容姿の魅力を最大限に利用して、陰から男性を支配することだと考えられていた。今日の社会学者の言葉を借りれば、「舞台裏の権力」(behind
the power)である。男性間の関係では自由・平等・社会契約を主張した近代思想家ルソーも、男女間においてはこの権力構造を指示している(中略)
彼女が攻撃した美しい女性のイメージとは、バーク(*)が崇める上流階級の淑女に具現される、優雅でか弱く、頭が空っぽの愛玩物的女性のイメージである。[8,p170]
*)バーク
イギリスの政治哲学者。社会が守るべき伝統は何かについて民衆に訴えた彼の〈フランス革命論〉は,政治思想史上で保守主義の聖典と称されている。[7]
彼女はまた、当時の多くの女性が当然のことと思い込んでいた「玉の輿」について以下のような痛烈な批判をした。
彼女たちは玉の輿にのり、一つの快楽から次の快楽へと飛び回ることのできる自由を得るために、有利な結婚をしなければならない。彼女たちの時間はこの目的のために犠牲にされ、彼女たちの肉体はしばしば合法的に売春をさせられる。[8,p172]
ここにある「合法的に売春」とは現代においてもフェミニズム推進派が度々口にする言葉である。
女性の第一の望みは、自分自身を尊敬に値するものに成長させることであるべきであり、そのためには、女性も知性と美徳を磨き、意義深い仕事をすることによって、現在を越えて未来を展望すべきである。[8,p172]
よって、メアリが批判していたのは、当時も今も批判にさらされるべき、玉の輿狙いの頭の悪い女達のことなのである。
ウルストンクラフトは、何であれ仕事の尊厳を信じ、行為が成熟した時の満足感をもって降伏と名付けるのである。彼女が示した幸福な女性の例は、平凡な一未亡人である。その女性は苦労して子供たちを一人前に育て上げて死に、墓の中でよみがえって神に向かってこう言うのである。「ご覧ください、あなたは私に1タラントくださいました−−− そしてここに5タラントあります」。この逸話は新約聖書のたとえ話をふまえている。周知のようにタラントはタレント(才能)の語源である。
彼女は、特殊な女性でなく、ごく普通の女性一人一人が、自らの能力を磨き、それを最大限に働かせて生きることこそが幸福に値する、と言いたかったのではないだろうか。[8,p173]
当時、女性は社会的には父親や夫の中に吸収されており、政治上、法律上も女性は存在していないのに近かった。イギリスの法律はローマ法を踏襲して「カバーチャー」(夫の保護下の妻の地位
coverture)という考え方を採用し、妻には親権も夫婦財産権もなかった。
このような社会的に不利な条件と、男性本位の女性観のもとで、多くの女性は知性が認められることもなく、おしゃれ、社交、恋愛、トランプの賭けなどの娯楽を求め、消費生活と有閑生活を可能とする結婚が理想となっていくのである。
当時の「女嫌い」の文人たちが痛罵した対象も主としてこのような有閑女性たちであった。ジョナサン・スウィフトは、世の女どもは「猿よりも少しマシという程度のたぐいの生き物である」と揶揄し、アレグザンダー・ポープは「快楽に目がなく、名声の奴隷であり」、「ほとんどの女性には性格というものがまったくない」と言っている。チェスターフィールド伯も、「実際、女性には虚栄と愛の2つの情熱しかない。それらが、彼女たちの普遍的な特性である」といっている。[8,p135]
よって、メアリ・ウルストンクラフトが主張したのは「よき母」としての女性自身の教育であった。 自分自身と同じ性である女性の尊厳を高めることにより女性が本来どうあるべきかを示したものであり、法的権利の獲得は二の次であった。
第二派以降フェミニズム
第二派フェミニズム以降、このような「自らを高める」という個人主義的観点は次第に失われていった。それに加え、前に述べた「コンシャスネス・レイジング」(意識改革、意識高揚運動)および「個人的なことは政治的である」というスローガンが、その主張の種類を級数的なものへと押し上げた。
それでもこの時期に特有なのは、「女性の置かれている環境ゆえに、女性は差別されている」という、個人主義に代わる集団主義あるいは環境主義とも言えるものであった。
これ以降、「自分が原因ではない」という主張が散見されるようになり、発言は次第に「無責任」なものとなってゆく。
−−− 自分に原因は無いのだから、私の主張はもっともだ −−−
(フェミニズム論者の強弁)
まともなフェミニズムは死に、無責任なフェミニズムの時代となった。
ジェンダー研究とジェンダー活動とは異なる
ジェンダー研究は、過去から現代において男女の性がどのように各役割を果たしてきたかを調べるものである。 一方、ジェンダー活動はジェンダー研究を前提にしつつも、女性の権利の拡大を目指して男性に攻め入る活動である。
前者は往々にして文化人類学的な視点を持ち、男女間の相違を認めた上で各種族、時代において男女がどのような役割を果たしてきたかを示そうとする。 一方、ジェンダー活動はそのような「正当性」はおかまいなしに、女性の欲望を「権利」という仮面をもって果たそうとする。 よく言われる批判に「権利と自由には責任が伴うもの」とあるが、女性が権利を求める際には常に心に留めておく言葉であろう。
近代のジェンダー活動は往々にして「無責任」であり、権利を求めはするがその先は考えないのである。
日本におけるフェミニズム
日本においては、欧米でフェミニズム活動家が実現のため努力してきた成果は「近代化」の名の元、「男性」によってある程度成し遂げられた。
その後、明治以降にフェミニズム活動として女性教育を行ってきた数々の女性達も、現代のフェミニズム活動とは違い、「よき母」を育てるべく教育に身を捧げてきた。 よき母があり、そしてその子供達が成長してよき人材となり、日本のため世界のため、羽ばたき貢献する姿こそが明治以降のフェミニズム活動を行った人たちの願いであった。 その根幹となったのは、紛れも無い、古典的フェミニズム思想であった。 しかし、現代、同じ「フェミニズム」という言葉を使って、全く異なる思想が宣伝されている。
現代日本におけるフェミニズムは、知識としては欧米のフェミニズムが教育されてはいるが、そこに流れている思想は欧米とは全く異なるものである。 日本においては「日本の秩序を壊すため。日本の調和を壊すため」にフェミニズムが宣伝されている。 元は革命思想であり、それがフェミニズム本来の流れを無視し、日本において実現されてきた「欧米たちが羨むような男女調和」の社会を壊すために「言葉」だけを借りて「フェミニズム」と名乗っている。
まともな人がフェミニズム思想と係わり合いを持たないのは、彼女らフェミニズム活動家の発言する内容が既に日本で実現されているからにほかならないだろう。 そして、「一部の変わった人」。「可愛そうな育ち方をした人」としてごく少数派として見られている。 だが、その少数派が現代の秩序ある社会を壊すべく、破壊活動をしている。 民主主義の世の中で、多数の意見を無視して少数派のテロ活動が容認されてよいものだろうか。
日本における現代フェミニズム活動の根本は革命思想であり、アイデンティティはしばしば何がしかの主張を「破壊する」ことによって保たれてきた。 よって、主張する内容は時代によって異なる。「男が外で働き、女が家庭で尽くす」という社会的風潮があったとすれば、それを壊す主張が行われた。
日本においてフェミニズムが下火なのは、フェミニズム活動家が言うように日本が遅れているからではなく、日本が既に欧米の先に行っていたからである。
日本においては男女の関係が「玉の輿」などと言われるようになったのはここ近代になってからである。男女の関係も、女は家を守るものとしてたいへん威厳があった。そのような流れを無視し、「歴史を改ざん」してまでも「日本は悪かった」と言っているのが日本のフェミニズム活動家なのであって、まともに取り合うことは出来ないのである。
日本に多大な影響を与えた、社会主義の系統
私が問題だと感じるのはこの系統である。平等主義や福音主義はごく最もな主張であるが、この系統は「男らしさ、女らしさ」を破壊させ、「のっぺら」な社会を作ることを目指す。 そして、今、この系統が最も力を持っている。 しかも、あたかも平等主義や福音主義すら自らの活動の成果であると主張しているのだ。
欧米における社会主義フェミニズムはその社会主義陣営が崩れ去ったと同時に幻想が崩壊したのにも関わらず、日本における社会主義フェミニズムは中国や朝鮮半島と結び付き、未だに革命を目指している。しかし、末端のフェミニズム活動家は捨て駒であるがために知識を与えられることはなく、これらの背後関係を意識することはない。単純に、可愛そうなくらい盲目に女性の地位向上を叫んでいるのが日本の社会主義的フェミニズム活動家なのである。
主に、日本で「フェミニズムが問題」とされているのはこの系統であり、「反フェミニズム」として槍玉に上がるのもこの系統である。 そして、この陣営は平等主義や福音主義を持ち出して自己を擁護し、既に破綻している社会主義理論は持ち出さない(持ち出せない)。 この系統は女性特有の「刷り込み」によって教育・伝道が行われているが故に理論的改善をなかなか期待できず、自らが経験した見当違いな理論で自らを擁護し、相手と分かり合えない場合はヒステリックとなり、「女尊男卑」の理論によって男性の言葉を必ずや跳ね除ける。 社会主義の理想を諦めきれない亡霊たちの巣食う系統であり、よって、たちが悪いのである。 下火になった思想を「もうそのようなことは考えていない」と言って「貴方は古い。知らないんだ。」と切り捨て、煙のように思想と思想の間をさ迷い、「根源的な思想を持たない」ことも、この亡霊たちの活動の特徴である。
戦後保証に結び付ける日本のフェミニズム活動家たち
現代の日本のフェミニズム活動家は、主に戦後保証と結び付けて自らのアイデンティティを保っている。たとえば「女性国際戦犯法廷」などのエセ裁判(ヤラセ)にしても、そこに個人主義的「成長」の視点を持ち込むことはなく、「女性は環境的に機会を与えられていないのだから成長以前の問題」そして「被害者」であると考える。
根底に流れているのは「アジアに対する謝罪意識」であって、ジェンダー問題は「被害者」の視点で語られる。 謝罪意識とジェンダーを切り離すことができない日本のフェミニズム活動家は、往々にして同じ人々が重複して戦後保障活動とジェンダー活動を両方行っている。
しかし、戦後保障問題とジェンダー活動を切り離さない限り、これら活動家の運動は省みられることがないであろう。 前者は解決済の問題であるのにも関わらず、無知な活動家が騒いでいるだけ。 後者の主張のうちには最もであると思わされるものがある反面、イデオロギスティックで見ていて気味が悪い。
南京事変についても虚構であることが明らかになったのにも関わらず中国の尻馬に乗るように日本に謝罪をするようロビー活動を続けている。
日本人の言う謝罪は気持ちを和らげるための挨拶であるが、日本以外での謝罪は非を認める行為であり、既に条約で解決済あるいはそもそも存在しない戦後補償問題をことさらに取り上げるのは国際感覚が欠如しており、不適切なのである。
日本のフェミニズム活動家たちの姿
忠実に「コンシャスネス・レイジング」(意識改革、意識高揚運動)および「個人的なことは政治的である」というスローガンを守っている。 よって、特にアジア各地に出向いた際に経験した「個人的」な出来事を鳥瞰的に眺めることなく、「あのような怒りをもって接してきた老人を見て、日本は悪いことをしたと思った」であるとか「あの老婆たちが泣きながら昔日本人兵の性の相手をさせられたと泣き叫んだ」といった経験を大事に抱え込む。
結果、それが何故起こったのか、といった根本原因を考えることなく、「体験が正しく、体験に沿って正しい理論を身に付ける」ということを行う。 体験とは大事なものであるが時として小さなものであり、間違っていることも往々にしてあるのにもかかわらず、である。
よって、日本のフェミニズム活動家たちは「小さく」まとまっている。 お互いに「コンシャスネス・レイジング」が行える範囲の活動にしか収まることができず、小さなグループで、「日本の悪口」をお互いに言い合っていい気になっている。 私はそういった姿を多く見てきた。
最後には、「日本の食べ物や風土は好きだが、日本の政府は嫌い。この国に住みたくない」などと、第二次世界大戦を陰で引き起こしたソ連のスパイ尾崎と全く同じことを言っているのにもかかわらず自分自身が左翼であることを認めようとしない。 思想に対して無頓着であり、体験こそが全てであり、目の前で泣きながら話をされたら何でも認めて信じ込んでしまうのである。 それ故に、中国の本物のスパイが裏で情報を流していい気にさせて宣伝塔にさせられているだけであるのにもかかわらず「私は貴方と比べ物にならないほど情報を持っていて、貴方など私の足元にも及ばない。人と人と向き合って、もっと体験を行いなさい。」などという誇大妄想を抱けるのである。 それほどまでに「コンシャスネス・レイジング」を絶対的なものとみなしている。
そのような認識の一方で、世界の情報通や実際のスパイが実際に情報源として使用しているものは、誰でも入手可能な「新聞」であり、これに98%の「重要な」情報が流れているのである。 そして、それを読み抜くのが情報リテラシーである。 この基本を知らずして、人と人との繋がりでアジア各地から情報を仕入れることが出来る人々は、往々にしてスパイの宣伝塔にさせられているのである。
フェミニズムは日本の文化を破壊する。 それ故に、共産主義国家としては敵国混乱の1つの手段として用いられているのである。 情報リテラシーの皆無な人々には、このような「可能性」すら考察したことはなく、可能性を示唆すると「気持ち悪く笑われて、ありえないと言われる」のがおちである。 このようなナイーブな人々に情報リテラシーは理解できない。
そのくらい、現代日本のフェミニズム文化は地に落ちているのである。
まとめ
フェミニズムは個人主義、福音主義、社会主義としてそれぞれ成長してきた。個人主義は平等権や参政権、福音主義は女性保護立法、社会主義は思想の「崩壊」に大きく寄与した。
現代フェミニズムの始祖ウルストンクラフトが言っていたのは、女性がよき母として子供を育て、その子供が才能を発揮するまで育て上げることこそ女性の幸せであり、その為には自らの能力を磨いてゆく必要がある、ということであった。 そこでは、女性本来の性的「差」というものが認められている。
福音主義においても、女性は弱く、守られるべき存在としてフェミニズムは開花した。一方、社会主義においては、フェミニズムは目的ではなく、社会革命の「手段」として用いられた。
日本近代フェミニズムは社会主義の系統を強く受け継ぎ、社会革命のために社会混乱をもたらす思想を導入した。 女尊男卑の考え方の元、男が家庭でくつろげなくする思想の植え込み。 女性が男性と同じ職につき、子育てからも離れ、女性らしさを忘れる教育(ジェンダーフリー)。 女性が家庭から離れることにより次世代の子供が育たないようにする戦略。 これら、詭弁をもって推進している社会主義的フェミニズム活動は個人主義・福音主義のフェミニズムとは全く異なる思想なのであり、「名前を借りただけ」なのである。
日本のフェミニズムはどこへ行くのか? 既にその思想は失われ、単なる「手段」と相成った。 これは、もはや滅びるしかない。 同種の思想「ジェンダーフリー」と共に、異端の思想として葬り去られる運命にあるだろう。
平成18年5月20日 記
平成18年5月23日 題名とファイル名(URL)変更
■リンク■
1 女性国際戦犯法廷の愚かさ
■参考■
1 フェミニズム歴史辞典 (ジャネット・K・ボールズ、ダイアン・ロング・ホーヴェラー著) 明石書店
2 現代フェミニズム思想辞典 (ソニア・アンダマール、テリー・ロヴェル、キャロル・ウォルコウィッツ著) 明石書店
3 フェミニズム理論辞典 (マギー・ハム著)
明石書店
4 フェミニズムの世界史 (アンドレ・ミシェル著)
白水社
5 フランス革命とひとりの女性―メアリ・ウルストンクラーフトの生涯 (山下正太郎著)
社会思想社
6 メアリ・ウルストンクラーフトの思い出 (白井厚、白井崇子著) 未来社
7 世界大百科事典 (平凡社)
8 近代フェミニズムの誕生―メアリ・ウルストンクラフト (安達みち代 著)世界思想社
9 「女の時代」を旅する - フェミニズム1990 - ユック舎
|