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明治天皇の「教育勅語」

 


時代背景

時は文明開化。西洋文明が国内へ流入し、思想の混乱、教育の混乱も導き始めていた。 様々な人が、様々な教育というものの姿を考えていた。 そんな時に出たものであるが故、中国や欧米の借り物と思われがちなこの教育勅語であるが、実際は、外来の輸入ではない、日本の建国から連なる精神の顕現と言っても良い内容になっていると言える。

「五箇条の御誓文」に基づく明治初期の教育

明治時代を象徴するものとしては、慶応4年(同年、明治元年)に出された「五箇条の御誓文」というものもある。[a]

明治初期においては、まさしくこの「五箇条の御誓文」が教育の方針を決定付けていた。『智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基(こうき)ヲ振起(しんき)スベシ』と『旧来ノ陋習(ろうしゅう)を破リ天地ノ公道ニ基クベシ』 の項目である。 だが、これだけではなく、教育制度を確立することが各界から求められた。 その一つの形である教育勅語に至るまで、20年の月日を要するのである。

明治初期における一般人への学問の普及

明治2年頃から、小中学校が次々に竣成されている。一方で、その学風は急速に西洋化されていったようだ。 明治5年、一般人(華士族農工商及び婦女子)の全てが学問を学べるよう制度化された。 同年、福沢諭吉が「学問のすゝめ」を出している。そして明治12年、小中学校が十分な数(小学校2万8千、師範学校・中学校196)に達し、ここに、「家に不学の人なからしめん」との聖旨は達成された。

えぞのおく南の島のはてまでも
     おひしげらせよわがおしへ草   [3, p48]


そして、教育勅語

このような状況の中、教育勅語は明治23年(1890年)に発布された。 以下は、教育勅語の原文である。(一部常用漢字に直してあります)

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教育勅語の要旨

以下は、教育勅語の要旨である。これは、「教育勅語関係資料 第9集」によった。[2, p555]

教育に関する勅語

(ちん)(おも)フニ我(わ)カ皇祖(くわうそく)皇宗國(わうそうくに)ヲ肇(はじ)ムルコト宏(くわう)(ゑん)ニ徳ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ

(ちん)が考えてみるに、我が御先祖天照大神(あまてらすおおみかみ)を始め、神武天皇から御代々の天皇の、國をお開きになった思召は、まことに宏(おほき)く、又、道徳の根本(もと)をおたてになつたことは、ふかくあつくあつた。

(わ)カ臣民(しんみん)(よ)ク忠ニ克(よ)ク孝(かう)ニ億兆(おくてう)心ヲ一(いつ)ニシテ世々厥(よよそ)ノ美ヲ済(な)セルハ此(こ)レ我(わ)カ國體(こくたい)ノ精華(せいくわ)ニシテ教育(けういく)ノ淵源(えんげん)(また)(じつ)ニ此(ここ)ニ存(そん)

我が臣民が克(よ)く忠義をつくし、克(よ)く孝行(かうかう)をし、みんな心をそろへて、いつの世にも美しい行いをして来たのは、此れ、我が國がらの立派な所であって、教育(けういく)のもとにも、やはりここにあるのである。

(なんぢ)臣民父母ニ孝(かう)ニ兄弟(ていけい)ニ友(いう)ニ夫婦相和(あひわ)シ朋友(ほういう)相信(あひしん)シ恭倹(きょうけん)(おの)レヲ持(ぢ)シ博愛衆ニ及ホシ学ヲ修(をさ)メ業(げふ)ヲ習ヒ以(もつ)テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就(じやうじゆ)シ進(すすん)テ公益ヲ広メ世務(せいむ)ヲ開キ常ニ國憲ヲ重(おもん)シ國法ニ遵(したが)ヒ一旦(いつたん)緩急(くわんきふ)アレハ義勇公ニ奉(ほう)シ以(もつ)テ天壌(てんじゃう)無窮(むきゅう)ノ皇運(くわううん)ヲ扶翼(ふよく)スヘシ

それであるからお前たち臣民は、(1)父母に孝行をし、(2)兄弟姉妹(きやうだい)は仲良くし、(3)夫婦はむつまじくし、(4)友達は互に助け合い、(5)すべての行(おこなひ)を慎み、(6)博く人と生物(いきもの)とを愛し、(7)学問を修め、仕事を習ひ、そうして知識と技術(わざ)とを進めて立派な人になり、(8)進んで一般の利益をはかり、世のためになる仕事をし、(9)常に憲法を守り、法律命令にしたがひ、(10)もし國に一大事が起こつたならば、勇進んである限(かぎり)の力をつくし、そうして天地と共に窮(はてし)のない皇室の御運を助けるやうにせよ。

(かく)ノ如キハ独リ朕(ちん)カ忠良(ちゆうりやう)ノ臣民(しんみん)タルノミナラス又以(もつ)テ爾(なんぢ)祖先ノ遺風(ゐふう)ヲ顕彰(けんしやう)スルニ足ラン

かういふ風にするのは、ただ朕(ちん)のために、忠義な良い臣民であるばかりでなく、又お前達の先祖の遺した美しい風を益々顕すことになるのである。

(こ)ノ道ハ實(じつ)ニ我(わ)カ皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)ノ遺訓(ゐくん)ニシテ子孫臣民(しんみん)ノ倶(とも)ニ遵守(じゅんしゅ)スヘキ所之(これ)ヲ古今(ここん)ニ通シテ謬(あやま)ラス之(これ)ヲ中外(ちゆうぐわい)ニ施(ほどこ)シテ悖(もと)ラス

この道は、實(じつ)に我が皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)の遺された教(おしえ)で、子孫と臣民との、倶(とも)に遵ひ守らなければならなぬ所であつて、之をいつの世に行つても、誤がなく、いづれの國に行つても、間違がないのである。

(ちん)(なんぢ)臣民(しんみん)ト倶(とも)ニ拳々(けんけん)服膺(ふくよう)シテ咸(みな)(その)徳ヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶幾(こひねが)

(ちん)はお前たちと倶(とも)に、この教をしつかり胸にをさめて、ともにともに行つてゆかうと願ふのである。

      明治二十三年十月三十日
    御 名 御 璽 (ぎよめい ぎよじ)

以下は教育勅語の一般データである。

教育勅語 きょういくちょくご

 1890年(明治23)10月30日に発布された,教育の基本方針を示す明治天皇の勅語。政府の公式文書では〈教育ニ関スル勅語〉という。[5]
  全文は315字からなり、3段にわかれる。第1段は天皇の有徳と臣民の忠誠をのべ、第2段では父母への孝行や国の法をまもるなど14の徳をしめし、第3段でこれらの徳目は歴代天皇の遺訓であり、古今東西に普遍的なものであるとする。内容は、家父長制の中での親子・兄弟・夫婦・友人間のあるべき姿や、修学・遵法・兵役などの義務の必要性を列挙したもので、儒教的道徳思想にもとづく忠君愛国を基本とする。[6]


勅語の奉読

勅語は国民の祝日に奉読された。明治時代には祝日は3日だったが、大正以後はこれに明治節が加わった。一月一日の祝日は、「新年」といったり「四方拝(しほうはい)」と呼んだりした。

国民の祝日
 新年(1月1日)
 紀元節(2月11日)
 天長節(4月29日)
 明治節(11月3日)

祝日には、よそ行きの洋服を着て、革靴で登校するハレの日で、家の門柱には国旗が掲げられたようだった。

祝日の儀式の規定

儀式の規定は文部省令できまっており、次のようなものである。[1, p10]

ここにもある通り、君が代、最敬礼、教育勅語の奉読、式辞、式歌の斉唱、という段取りであったようだ。このような儀式は、それに参加した人々を厳粛な気持ちに誘い込んだであろう。儀式が終わると、生都は担任の先生から紅白のお菓子をもらい、家路につくこととなったようだ。


勝海舟の勅語奉答の歌

以下は、勝海舟の歌詞による、「勅語奉答」の歌である。

この当時、この他に文部省の唱歌もあり、文部省の唱歌が低学年、こちらが高学年で教えられていたようだ。 又、この他にも学習院と華族女学校で歌われた歌など多くのものがあり、教育勅語の影響の大きさが伺える。


軍国主義との関連

教育勅語が軍国主義に繋がったのではなく、軍国主義が教育勅語を利用したと考えるのが正解のように思う。

上に述べたように、教育勅語は非常に平和的な道徳を説いている。 著者の戦争観は別項に改めるが、一言で言えば”人間、完璧ではない。狂うときもある。” ということである。 全てをごっちゃにし、戦争時代にあったものは全て悪いものだったという風潮が一部の論者、特に左翼主義者に根強いが、教育勅語に関して言えば、それ自体は全く問題がないものであったと私には思える。


日本の文化の伝統と独自性

「日本の文化が中国や欧米からの輸入ばかり」という主張が一方であるが、ここにある教育勅語という現実からは、日本という国の尊さ、深遠さ、その建国から連なる綿密性が生き生きと感じられるのである。

天皇の御製にいう。[3, p3]

ちはやぶる神の御代よりひとすじの道をふむこそうれしかりけれ
いにしへの御代の教にもとづきてひらけゆく世にたゝむとぞ思ふ

※ちはやぶる:枕詞。「神」「うぢ」などにかかる。

まさに、ここにある如く、教育勅語からは数千年の歴史とその教えが、教育勅語の冒頭を始め、その全体に生き生きと現れているのである。

平成15年9月23日 15時45分 記

■リンク■
a 明治天皇の「五箇条の御誓文」

■参考■
1 教育勅語の時代 (加藤地三 著)三修堂
2 教育勅語関係資料 第9集 (日本大学精神文化研究所・日本大学教育制度研究所)
3 教育勅語渙發の由來 (渡邊 幾治郎 著)学而書院
4 教育勅語講和 (川村理助 著)培風館
5 世界大百科事典 (平凡社)
6 エンカルタ総合大百科2003(マイクロソフト)

 

 

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