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チチェン・イツァー遺跡

そして、カンクンからチチェン・イツァーまでバスは走る。

それにしても真っ直ぐな道で、景色もほとんど変わらない。

ジャングルというか低木の地帯を道路がこれでもかというほどずっと走っている。 これがガイドブックに書いてあった、"1等が通る快適な高速道路"というわけだ。2等だとここを通らず各町を通る・・・。 それはそれは疲れるだろう、きっと。 2等は強盗が乗り込んでくることもあるというが、こんな有名でメジャーなルートであっても強盗が乗ってくるのかはわからないが。

そして、バスはずっと走り続け、12時少し前にようやくチチェン・イツァーに到着した。予定3時間に対し、少し早く着いた計算だ。

そして中に入ろうと思ったが・・・。チケットを買う列が長く長く続いていて、結局チケットを買うために30分近く並んでしまった。 なんじゃこりゃ。

チケットを買った後、まず荷物を預けることにする。これは無料のようだ。 そして、帰りのバスまではかなり時間があるため、そのまま急いで見に行くのではなく、まずレストランで食事をすることにした。

食事を取りながら、今後の日程の計画も練る。

とそこで、ふと目の前でダンスをし出すパフォーマーたち。音楽にノリながらいい足ステップを打ち、頭にビールを乗せたりしながらお客を楽しませている。

食べながら見ていたが、最後にチップをお願いする帽子を持って席まで来た。(苦笑)

そしてゆっくりできた後、いよいよ中に入る。

チチェン・イツァーは"泉のほとり"のイツァー人という意味で、ユカタン半島最大のセノテ(聖なる泉)なのだとか。 遺跡には2つの時代のものがあり、6世紀頃のマヤ古典期が"旧"チチェン・イツァーで、10世紀以降にトルテカ文明と融合したものが"新"チチェン・イツァー遺跡になっているとのことだ。 保存状態が良い物は基本的に後者で、ここ最大のピラミッドであるエスカスティージョ(ククルカン神殿)も"新"チチェン・イツァーのようだ。

このエスカスティージョ(ククルカン神殿)は、少し前まで登れたのだが、噂では誰かが落ちて死んだ後から登れなくなったのだとか。 それだけでなく、階段の状態も表はともかく裏や側面は崩れ落ちてきているので安全性に問題が出てきたのかもしれない。もちろん、遺跡の保存が最優先であることは言うまでもない。 とは言っても、ちょっと前まで登れたのに登れないのはちょっと寂しいものがある。

登坂禁止の看板

登坂禁止の階段。

旅行していて思うのは、"形"はガイドブックなどの写真でわかるが、"大きさ"はなかなか写真ではわからない、ということ。 実際にこれを見てみると、私の主観では"思いのほか小さいな"と思った。 それと、建造物として見たときに"荒"が目立つ印象である。 エジプトのギザピラミッドのように寸分違わずビシっと並ぶ、という感じではない。 エジプトのピラミッドの中にも、"初期に建てられたピラミッド"がいくつかあるが、ここエルカスティージョ(ククルカン神殿)はそのような、エジプトで初期に建てられたピラミッドとクォリティは類似しているような印象を受けた。

もうちょっと凄いクォリティを期待していたのだが、ちょっとがっかり。 周囲で売られているお土産屋の露天に並べられている商品も、手堀なのはわかるが、いかんせんクォリティが低い。 もうちょっとクォリティ上げてくれないと触手が伸びない。

そんなこんなでエルカスティージョ(ククルカン神殿)を横切り、まず北ゾーンの”ジャガーと鷹の台座”に立ち寄る。

そして、そのすぐ近くにあるツォンパントリ(頭蓋骨の城)も見てみる。

ここは、生け贄の頭蓋骨を大衆にさらす場所だとか・・・。 おいおい・・・。

マヤの文化ではなく中央高原のトルテカ文明のものだとか。

その後、すぐ近くにある球戯場に向かう。

この球戯場は、手は使わず足や上腕で壁上方に備え付けられた輪の中に通すものらしい。

そしてびっくりなのが、この勝者が生け贄になるということ。 それと、この会場は上方が狭まる壁の作りになっていて、手を叩くととても響くのだとか。 確かにそう感じるものがあった。

それにしても、勝者を生け贄にしていたら人材が育たなくなってしまいそうだが・・・。


写真左上に小さく見えるのが ”輪”。

そして、球戯場を見終わった後、あまりの混雑と時間の流れの遅さに気付いたので、芝生の上でしばし昼寝をすることにした。 天気は曇りなので暑すぎることもない。


そして横になり、うとうとしていた・・・。 しばらく曇りだったようで、2時過ぎに太陽の光が出てくるまでそのままゆっくりしていた。

太陽の光が出たら、それはそれで暑すぎるので日陰へ待避。

待避してもそこでまた寝るような芝生はないので、ちょっと座って休んだ後、次のところを見にいくことにする。

次は金星の台座を横切り、戦士の神殿を見に行く。

戦士の神殿。


確かに、戦士と言われればそうかもしれない。

「千本柱の神殿」とも呼ばれているようだ。


昔はこの中にも入れたようだが、今は入れない。

ずらっと並ぶ石柱の横を歩く。

ここで、私はひとつ勘違いをしていた。 このチチェン・イツァーの名前の由来であるセノテ(聖なる泉)を、地図の中間にあるセノテ・シトロクであると勘違いをしたのだ。そして、肝心の聖なる泉セノテを見逃してしまった。 こんな失敗は久々である。 うーむ。 やってしまった。 その日の夜に地図を見ていて気が付いた。 ガイドツアーでは絶対にない間違いである。

くよくよしても仕方がない。 写真で見る限りは単なる草ボウボウの中の水たまりといった雰囲気だが、何事も自分の目で見てみないとわからないものだ。 次来る機会があるかわからないが、さすがにこれだけのために来たりはしないだろうな。 数十年後に復旧の進んだピラミッドを見に来るのは手かもしれないが。

そんなこんなでセノテを通り過ぎ、戦士の神殿へ。

横には、まだ ”千本柱の間” が続いている。


昔はこの柱の上に茅葺きの屋根がずっと広がっていたのかな? と想像する。 ここに来る途中の道ばたにも多くの茅葺きの家があったことだし。

茅葺の家を支える支柱、と考えると想像が広がる。

テレビで見た インカ・マヤ文明特集 でも、このような柱の上には茅葺の屋根が乗ると言っていた記憶がある。

そして球戯場およびスチームバスを見た後、市場跡に向かう。

ここの柱は他と比べかなり高い。

高い柱の上にも茅葺の屋根が乗っていたのだろうか。


そして、一度エルカスティージョ(ククルカン神殿)の近くに戻った後、今度は"旧"チチェン・イツァー方面に向かう。

途中の道端には、多くのおみやげ物屋がある。

面白そうなものもあるが、今買ってしまうと重くて大変なので見送った。

"旧"チチェン・イツァー方面に向かう途中、エルカスティージョ(ククルカン神殿)を横切るが、こちら側から見るエルカスティージョ(ククルカン神殿)は階段がかなりぼろぼろなのがわかる。

これだけぼろぼろなのであれば、登坂禁止になるのも頷ける。


どうやら、入り口側のみ綺麗に修復されていたようだ。

そして、"旧"チチェン・イツァーのエリアにて ”高層の墳墓” に立ち寄る。

写真を撮っていると、横に立ち止まったガイドが次のように言っていた。"私が子供の頃は、本当にぼろぼろでした。5年前がこの写真です(と言って写真を見せた)。そして現在がこれ(目の前の姿)。びっくりするでしょう?"と言い、更には、復旧活動が進んでいるさまを説明していた。

なるほど。 写真は本当にぼろぼろだし、それに、復旧されているとは言え、手前の階段と比べ、横の階段はぼろぼろのままだ。
横の階段

ここに来て思った私の第一印象としてはピラミッドに登れなくなって残念だというものだったが、こうして少しずつ復旧が進むのであれば、登れなくなっても仕方がないなと思い始めた。 ピラミッドを登ることより、復旧が済んだ形で綺麗なピラミッドを見てみたい気持ちの方が勝る。

ガイドの話を横耳で聞きつつ、なるほどなあと頷いた。 復旧がかなり進んだらまた来てみたいものだ。 その時もピラミッドに登れなくてOKだ。

そして赤い家と呼ばれる建物を越えてカラコル(天文台)へ。
赤い家

カラコル(天文台)は、まさにそれっぽい建物だ。

近代的な天文台にとてもよく似ている。

凄いものだ。


その周囲には、尼僧院と呼ばれている、実際は何かわからない建物などもあった。

そしてカラコル(天文台)を後にする。

その後、もともと聖なる泉セノテだと勘違いをしていたセノテ・シトロクを見るため横道にそれる。

チチェン・イツァーの名前の由来は"泉のほとり"のイツァー人とのことだが、そのセノテ・シトロは泉とは言い難い、崖のずっと下にある沼のようなおっかないものだった。

覗き込むと、随分と深くて暗い。 ちょっと怖いくらいだ。


この日の夜まで、ここが名前の由来の泉だと思っていた。

そして、エスカスティージョ(ククルカン神殿)の近くに戻る。


まだ3時だ。バスまでは2時間もある。 外に出ても仕方がないので、エスカスティージョ(ククルカン神殿)が見える場所で腰掛けに座り、時間が経つまでぼおっとピラミッドを眺めていることにした。

思いのほか時間は早く流れるもので、ピラミッドをずっと眺めていると、次第に1時間、1時間半と時間が流れた。

時間が経つにつれ、人もまばらになってゆく。

座って周囲を観察していると、木々には多くの鳥が止まっていることにも気づく。




そして、外へ。

いよいよバスに乗ってメリダに向かう。ADO社の1等バスだ。

走り出した後、しばらくすると周囲は真っ暗になった。 席の横窓からは明かりもほとんど見えない暗闇の中を、バスはジャングルの影だけ横に見て進んで行く。

 

 

 

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