富士登山 2日目
2000年8月6日
・・・。
眠ってからどのくら経っただろうか。
ふと、とてもひんやりとした感覚を体全体に覚え、私は目が覚めた。
ううう。寒い。やはり山の夜は寒い・・・。
このままでは凍えてしまうので、支度をして再度歩き始める準備を始めた。
さすがに、立ち上がったら体がふるえていた。
シュラフだけだったので、支度をすぐに済ませ、歩き出す私。
まだそれほど冷え込んでいないので、体を動かし始めればそれほど寒さは気にならなかった。ふう。やはり、寒いところで眠るのは危険だ。
ただ、こういうのはほとんどしたことがなかったので、ふとやってみたかったということもあったりする。いい経験になった。うむうむ。
さて、そこを出発し、少し歩いたところだろうか、道はどっちだろう?と、
ふと迷うような曲がり角に行き当たった。こっちは行き止まりだし、
向こうかな・・・と思った瞬間、向こうの方になにやら人影があるのを
発見した。
私が光を向けると、その人は起きあがり、私に道を尋ねてきた。
どうも、道に迷っているらしい?
こっちですよーと教えてあげると、その老人は再度下り始めた。
でも、、なにやら変だ。
ずるずるずるっと、なにやら滑るような音が聞こえてくる。
ん? と思ったが、よく見てみると、明かりを持っていない!
どうやら、下り始めたが夜になってしまったらしく、ここで
動けなくなっていたらしい。なので、このまま降ろすのは
危険なので、上の5合目と6合目の間にある山小屋まで
連れていくことにした。
ふう。気がつかなかったら危ないところだった・・・。
シュラフももっていないようだったし。
おじいさんを連れ、山を登り出す私。
今から思うと、体力のなくなっていたおじいさんにはこのペースは
少し辛かったか。しばらく歩き、横切る舗装道路のところに出たところで、
少し休憩をした。
休憩をしたときに、おじいさんは、お礼に、もう亡くなってしまった
同級生が学生の頃に書いた詩を音楽にしたテープを聞かせてくれた。
これは、当時その友人が会報に載せた詩で、そのおじいさんは、
どうしてもこれを歌にしてあげたくて、つい先日、3日前に
このテープはできあがったものらしい。
その歌は、青春の歌だった。時代的なものも感じ、いい意味で前世紀の、
古きよき、まだ歪んでいない青春を感じた。
このおじいさんは新聞社に勤めていて、富士山を駆け上がる徒競走にも
出たことがあるらしい。結果は、5合目までだけど、ということではあったが、
やることに意味がある。うむうむ。
このおじいさんは、道路に出たところから少しだけ登ったところにある、
山小屋まで連れていって、そこでお別れをした。
帰りがけに寄ってみたが、無事、下山したことを山小屋の人から聞いた。
よかったよかった。山は助け合いの場所だからね。こういうこともあるね。
さて、その山小屋を出てから私は、いよいよ6合目の、車で5合目まで
来る人たちとの合流点にまで差し掛かった。
車で来る人たちはとても多く、ずらっと山の向こうにライトの明かりが見える。
ただ、2年前と比べて、時間的なものもあるせいか、なんとなくライトの数が少ない。
6合目まで来て、2年前は案内の紙をもらったが、今年は配っていないようだ?
いや、配ってはいたのだが、吉田口から登る人にはほとんど気づいていないようだった・・・。
うむ。
それは、きっと配っているだろうというのは話し声などの雰囲気でなんとなく感じたのだが、
なんとなくもらわなかった。今思うと危険なことをするものだ・・・。まあ、大勢登ってるし、
道に迷うということはないところだからよかったが。
登るときはなんとなくそう思っただけだったが、帰りにはきちんと配っているのを見た。
団体さんに配っていたので、全員かどうかの確かめはできなかったが、きっと配っているであろう。
さて、そこを出て、他の人たちと一緒に進む。
2年前はものすごく人が多く感じ、とても気になったのだが、今年は気にならなかった。
山小屋がかなりある。私は、体力を温存させるため、かなり休みながら登った。
睡眠も少しづつ取りながら進んだ。
2年前と比べ、天気がいいので気持ちよく仮眠ができる。椅子に座ったまま、こくりこくりする私。
来るときに買ってきた食料のうち、ソースかつどんは明るいうちに夕御飯として食べたが、
お寿司の盛り合わせは、1つづつ取り出しては食べ、取り出しては食べを繰り返しながら
登っていった。
これがまた、少し食べただけで体力の回復を体で感じることができ、「ああ、食料持ってきてよかった・・・。」
という、2年前とは違った、とても余裕のある、心地よい瞬間を感じることができた。
2年前は、食糧不足&水不足で、駅にたどり着いた時はかなり苦しかったっけ・・・。
今年は、かなり快適だった。途中、さすがに空気が薄くなってきついというのはもちろんあるが、
食料的、水的、睡眠も、とてもよい環境だった。
途中、眠り眠り、進む。
さすがにご来光の時間には頂上は間に合わないと感覚上感じ、ゆっくりと進む私。
急がない急がない。急がないのが一番です。
結果、7合目と8合目の間の山小屋近くでご来光を拝めることになった。
(実際は、ご来光というのは初日の出だけ指すみたいね。まあ、ご了承を。)

まだ日が出てきていないとき。
下界を見るに、ずっと向こうまで雲海が広がっている。かなりの絶景だ。
雲がとても気持ちよさそうだ。心地よい風がそこに広がる。
冷たい風も気にならない。山小屋の周囲には、ご来光を見ようと、
皆が立ち止まって雲の向こう側を眺めていた。
さて、ご来光だ!

朝日を望む。
太陽が、すごい速さで登ってくる。
速い。速い。だんだんと太陽が出てくる・・・。

出てきた瞬間。
下の雲海も、太陽の光による気温の変化に応じ、めくるめく変化を繰り返している。
その雲の動きは、まるでそこにはまるでなかったのか如く消え、
そして再度、まるであらかじめあったかの如くそこに現れる。
雲とは不思議だ。現れては消え、消えてはまた現れる。
太陽がすっかり登り、皆が歩き始めた。私はまだ少し雲の動きに見とれていて、
しばらくそこを動かなかった。

出きったころ。
周りを見渡す。この急斜面。その急斜面には、落ちると確かに怖そうなのだが、
だが、それでも何も怖さを感じない、暖かい流れを感じた。
朝日に照らされ、体温も上がる。暖かい。暖かい。太陽の恵みを感じる・・・。
そこから先は、太陽の光で、かなり暖かかった。そんな中、登り続ける私。
途中、暖かいので度々お昼寝をする私。周囲にも、たくさんお昼寝を
している人たちを見かけた。
これが、また、とてつもなくきもちいい・・・・・。
この幸せ・・・・。ぽかぽかしてて、とてもきもちいい・・・・・・。
山の空気の薄さにより、歩けばすぐに体力を消耗するこの状況。
でも、不思議と疲れは少ない。今日はいい環境だ・・・・。

山の風景
8合目から9合目くらいまでは、ほぼ50m登るごとに山小屋があった。
9合目から頂上までは山小屋はなかったが、それでも度々休みながら進んだ。
最後は、かなり疲れていたので20mくらいづつ休憩をしただろうか。
そんな状況で、かなり快適な気分で頂上に達した。やった! 頂上だ!

頂上では曇っていたので、途中の風景を。

頂上直前。人がずらーり
頂上では、まず、木の杖に焼印を押してもらった。
ここの焼印は他のところと比べ、300円(他のところは200円)と
高かったが、その分、焼印が赤字だったり、お守りがついていたりして、
値段相応だったように思う。
そこの売店は2つあったが、手前側のジュースは500円で、奥のお店で
買うと400円だったように思う。ううむ。
さて、そこにはおみやげも売っていたが、2年前に買ったキーホルダーは
どこに行ってしまったか・・・という感じでもあったし、この木の杖が
何より思い出に残ると思ったので、特におみやげは買わなかった。
そこから、本当の頂上までは、噴火口の周囲をぐるりと回って向こう側まで
行かないといけなかったようだが、私はすぐそこの小高い丘の上にある
鳥居(神社?)のようなところにまで行って、お参りだけすることにした。
2年前来たときには、風が強くて天候も悪く、この鳥居にすら行けなかった。
それどころか、この鳥居があることすら私はわからなかったくらいだ。
今回、とても天気がよく、噴火口の向こう側にある観測所や噴火口の下の
方まで、ずらっと眺めることができた。

2年前の写真。頂上の鳥居が見えたところ。

2年前の写真。頂上にて。

頂上、向こう側に展望台を臨む。
今年は、2年前と比べ、めちゃくちゃ晴れていた!
ここにある鳥居には、多くの人の鈴が置かれてある。
私は知らないのだが、鈴が何かの意味をなすのだろうか・・・。途中、多くの
人が木の杖に鈴をつけているのを見た。それに、この、鳥居につけられている
多くの鈴。なんの意味があるのだろう・・・。
お店の人に聞いてもよかったのだが、なんとなく、そのときは気にかからなくて
聞かずにいてしまった。ううむ。もっと気にかければよかったか。何気なく
見ていた。なんとなく、いいことがあるのだろうなーと思って見ていました。
さてさて、そこの風景、そこから下界を見た風景ですが、9合目あたりを
登っていたときはすっごくいい風景が広がっていたのですが、頂上に来てみたら
少し曇ってしまい、眺めを見ることはできませんでした。残念。
でも、私の心にはその風景は焼き付いています。なんちゃって。
ここで、天気もよかったので、噴火口の周りを一周してもいいかなー
とか思ってもみたのですが、向こう側の頂上らしきところとこちら側と、
ほとんど標高差がないように見えるということがあってか、なんとなく
行く気が起きなかったので行きませんでした。
ただ、後で冷や汗をかいたのですが、ここで噴火口の周りを回ってて
1時間使った場合、家に帰る終電に間に合わなかったかもしれないという
ことが・・・・。危なかったです。ううむ。

噴火口。すごい。

向こう側に展望台が見えます。(展望台だけの拡大図)

鳥居のところから、休憩所の方を見下ろした図。(拡大しないとよく見えないかも。)
さてさて、そんなこんなで、その頂上、その風景にもお別れが来ました。
帰りは、下山道を通って帰ります。
こちらは、登る方の道と比べて、砂の多く混じった、階段ではない道を進みます。
2年前、山用ではない靴で来たときは、かなり滑った記憶がある。
だけど、今回は、それほど高くはないけど、一応山用っぽい靴で来たせいか、
とても心地よく下ることができた。
結果、他の人より速く降りることができた。

2年前の写真。下山道にて。
ただ、途中から、砂より石の方が増えてきたので、あまりスピードは
上がらなかった。上げようとすると足の裏が痛くなってくる。
それに、石の上に乗り上げると、足首を痛めてしまう。
それ故に、途中からはそこそこのスピードで降りた。
下りの道は、頂上から6合目までの間に1つだけしか山小屋がない。
それは8合目あたりにあるのだが、8合目のその山小屋には、
「下まで2時間。その間には山小屋はありません。」と書いてある。
更に、そこで売ってるジュースは600円。頂上は400円。ううむ。
2年前にここを通りかかったときは、中で声だして売っていたおねえさんの
声と表情が、なんだか申し訳なさそうな感じを出していたのを覚えている。
さて、今回は、きちんと頂上で水を買い足しておいたので、そこも
そのまま通過する。快適な下りだ。
途中、あまり疲れてはいなかったけど、そこそこ休みながら進む。
休みながら、のほほんと空を見上げたり、景色を見たりして、
ゆったりとくつろぎながら、その時を楽しんだ。
暖かい。空がこんなにも青く見える。遠くの雲が、とてつもなく心地よい・・・。
下から、度々霧が駆け上がってくる。その霧に包まれると、ひんやりとした
感覚が体中に流れ、これまた心地よい。
私は、そこで最後の食料であるとんかつ弁当を食べ、更にゆっくりと休んでから
下り始めた。水もまだまだある。今回の旅はとても快適だ・・・。
ところで、そこから少し下がったところに、風変わりな建物があった。
そこは実はトイレで、年間1000万維持費がかかり、使用している期間は
日に17万くらいかかるらしい。ううむ。
そこには、その説明と共に、今年からカンパ制になったということが書いてあった。
ふむふむ。
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| 2年前の写真。下山道にて。 |
私は、そこは入らず、そのまま下った。あとちょっとで6合目だ。
6合目に行く前、馬がたくさん繋がれている場所があった。
2年前もここに来たが、その時より馬が多いような気がするのは気のせいだろうか。
そこから6合目まではすぐで、最後のところはちょっとした登りになっていた。
ただ、どうも私は下りの方が疲れるらしく、その登りの部分の方が快適に歩けた。
下りだと、腰や足の裏にダメージが行く。木の杖がありがたく感じる瞬間だ。
さてさて、その6合目ですが、さすがにここまで来ると人も多く、登りと下りとが
一緒になってることもあってか、なかなかにぎやかだった。
そこでは、アイスクリームが売っていたのが印象的だった。ふむ。
前の方を見ると、吉田口の方から来たと思われる人が3人ほど見えた。仲間のようだった。
多くの人はここから駐車場のある5合目の方まで行くようだが、私はもちろん
吉田口の方へと向かう。私のすぐ前に、少し年輩の方がこちらの道に行くように
見えたが、どうやら、道の脇に入って、山菜などを探しているようにも見えた。
私が通りかかったときに、脇の道の方から出てきて、私が休んでいても抜かされなかったので、
きっと山菜を採りにいろいろ巡っているのだろう。
こちらの道はとてもすいており、とても快適だった。だが、やはり、下りは足や腰に負担がかかる。
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| 2年前の写真。下山道にて。 |
私は、杖を最大限に活用しながら進んだ。
途中、登ってくる人と、数人出会った。又、珍しく団体さんにも出会った。
前と後ろに案内役がいた。これからどこまで登るのだろうか。
5合目の、夕べ仮眠したところにも差し掛かった。ここからは遠くの方まで
眺めることができる。6合目より下では、ここが一番見通しが利くようだ。
ここの少し上で会ったおじいさんは、上にも書いた通り、無事、降りれたようだ。
ここで夜を明かしたら、かなり危険だったろうに・・・。ううむ。
さてさて、ここで、ちょっとしたことですが、杖の使い方がこなれてきた。
今まで、下りは、その力をセーブして、下る力を押さえようとして、
主に、「押さえつける」ように杖を使っていたのに対し、ふとある時気づいたのは、
「下に突く」ことが、一番杖の使い方としていいのではないかということに気づいた。
スピードを抑えようとして杖を使っていたときは、かなり下りが辛かったが、
杖を「下」に突くようにしてからは、かなり快適に、スピードも安定して
進むことができた。
これは小さいことだが、大きな発見だ。
以上、杖の初体験でした。
さて、そこからどんどんと下る私。遠い・・・。昔、2年前に来たときも思ったが、
とてつもなく遠い。
1合目。そして、馬返し。ここに来る頃にはかなり足が痛くなっていた。
登りのときには、休み休み登ったせいか、ほとんど痛くならなかったのに、
今はかなり痛くなっている。ううむ。
100円ショップで買った、指の先が分かれている靴下+普通の靴下の
2段重ねにしているおかげで、足の裏にはまだ豆はできていないようだ。
だが、親指の横と小指の横が少し痛むようになってきて、どうやら
豆が出来始めていることも、なんとなくそのあたりから感じるようになってきた。
やっと、馬返しを越え、山道が終わった。ふう。
ここは駐車場にもなっているので、ほとんどの人はここから車で帰るのであろう。
だが、私にはまだまだ、富士吉田の駅までの道のりが待っていた。
平坦な道をどんどんと進む。ここらへんから、再度、先日も聞こえてきた
ロックの音楽がどんどんと聞こえてくるようになってきた。
かなり大きな音。町に近づくにつれ、どんどんとその音は大きくなってくる。 かなり迷惑な音だ。
やがて、道も終わりに差し掛かっていた。浅間神社だ。帰ってきた・・・。
ここから、更に少しだけ歩き、富士吉田の駅へと行く。
浅間神社から富士吉田の駅までが、行きのときと比べて長く感じられる。
やっと帰ってきたんだ。下り9時間。全行程では、28時間くらいの旅だった。
これから自宅へ帰る。ああ、ここちよい・・・・。
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