■社会人時代■
〜概略〜
■歴史や思想を学んだ後、共産主義思想から転向。 コミューン的な思想は根強いが、私的財産を放棄する共産主義思想には反対の立場を示す。
■”落ち着き”よりも技術や知識、自らの役割を考え始めた時期。 旅の頻度が下がり、旅の目的も知識や歴史的なものに変化してきた時期。
■自由と規律とは切り離せないものであると認識し始め、”自由”一色の日本に違和感・危機感を感じ始めた時期。
■第48回全国学生青年合宿教室(H15.8)に参加。日本の国の重きを知る。
■H12〜H14頃■
■市民活動家(NGO, NPO)の論理を学ぶ。 彼彼女らの思想の源泉を辿るうちに、左翼の本質をも知ることとなる。 (詳しくは右メニューの「市民活動」ページにて。)
■又、意識の変革の時期でもあった。 この時代以前は、自分では永遠の歩みを続けているつもりであったが実は「これでよい」という地点を求める為の「歩み」をしており、それは往々にして思考停止がパターン化されていたことに強く気付かされた時期。
そのような自らの思考停止に対し「まだ先がある筈だ」という疑問を持ち、環境を変えてみようと様々に体当たりをしてみた時期。 「今居る環境からの離脱、そして、新たな環境への飛び込み」を繰り返した時期。
「これでよい」という地点に留まる時間が短くなった時期。 歩みとは、永遠に続く道であると悟った時期。 「これでよいという地点は無い」という意味を悟り始めた時期。
そのような時期であったから、スピリチュアル的思想も合わせ使って市民活動を理解しようとした。 だが、結論としては、「スピリチュアルな市民団体もあるが、実社会との係わり合いに関しては空想的平和主義の域を脱しておらず、意味不明な主張を出している団体も多い。」ということであった。
往々にして、左翼の宣伝術に煽られ、本来のスピリチュアルとは脱線した主張を出している団体も多いように思えた。ナントカ村など。
■市民活動に関わるとすぐに次のような理解に達した。
「素晴らしい人もいるが、こんなことをしていても世の中の役には立たない。 ろくでもない人もそれなりに多い。」
一部の市民団体は、自己満足と自己中心主義者、社会に不満を持つ暇人によるアダルトチルドレンの逃げ場となっていた。
だが、それでも尚、いくつか見た市民団体に可能性が見え隠れしていた為に、そのわずかな可能性を見出したいと思い、積極的に市民活動に関わり、度々、相手の歩調に合わせたりもした。
活動の為というよりかは、後にやってくる「本当に行いたいこと」に対する準備として、学びのために市民活動に参加した。
この時期は、理不尽な業界の中における、学びの一手であったと言える。
■市民活動に関わるごと、様々な思想(持続可能な社会、持続可能な開発、自給自足、コミューン思想、左翼思想(マルクス主義))などなどを、多くの人を通じ学ぶこととなった時期。
■良かれ悪しかれ、市民活動のいろはを学んだ時期。
■H14〜H15頃■
■国際社会理解に関心を示すようになる。 日本の素晴らしさを ”国語”、”言葉”
を通じて改めて知ることとなる。 国際派日本人養成講座というメールマガジンに出会い、本になって出版されている5冊を購入してむさぼるように読む。
その頃、日本の歴史を一から学び直す心づもりを決めた。 更に縁があり 第48回全国学生青年合宿教室(平成15年) に参加。
国の重さを肌身で感じることとなる。
■思考の様式を、女性的で情緒的なものだけでなく男性的で論理的なものも身に付けようと、自らを変革させて行った時期。 空想的平和主義から、現実的平和主義に思考を切り替えていった時期。知らず知らずのうちに身に付いていた左翼思想を把握し、体から切り離していった時期。
■「公」というものを、「公から始まる私(わたくし)」という観点から再考を始めた時期。今までは禅的視点により「石の重さは、石が私であるのならば石の重さを感じられる筈も無い。よって、内(自分)も外(他人)もない。」という視点を持ち続けていたので、「公から始まる私(わたくし)」は改めて新鮮で、本来の日本人が持つ美しい「公」の概念を感じ始めた時期。
内も外もない故に無秩序になるのではなく、内と外が本来は一つであることを知るという「公」の概念を持ちながら「個」の自由、尊厳、規律などの概念が入り混じられている日本の国の有り様に対し、改めて畏敬の念を感じ始めた時期。
■日本という国に対し自信を持ち、「日本が強くなることがアジアへの貢献」という自負を持ち始めた時期。
具体的には、以下の公演内容にとても共感できるようになった時期。
- 二十一世紀の大アジア主義 ―日台の連帯を機軸に― 林建良
■H16頃■
■伝統芸能、特に歌舞伎を好むようになる。
■生活環境の変化。
■理論に一区切りをつけ、体得へのサイクルを踏み出した時期
■多くのものを見、新たな活動の糧にし始めた時期。 |