|
都会と田舎との情報格差は、すさまじいものがあった。
今でこそインターネットが発達してきたが、昔は、それはそれは、酷かった。
情報格差というものは、時に都会の人間と、認識の差異を作り出すことになる。
田舎というものは、まず第一に情報が少ない。だからこそ、都会の人以上に「考える」ことをする。だが、その「考え」は、正確な情報が少ない上に、徒労に終わることが多い。
都会の人間は、情報が多い。だからこそ、いろいろなことを知っている。
知識量では、都会の人に田舎の人はかなわない。
これはよくある現象のように思えるが、私は次のような場面をよく見てきた。
田舎の人間が、次のように言う。「教えてくれ。教えてくれ。教えてくれ。教えてくれ。」
都会の人間は、そんな人に対して冷たくあしらう。
都会の人は、ほとんどの場合、質問に答えない。
答えないのに対し、田舎の人間は、「ここ(たとえば、パソ通、インターネット、或いは大学など)に来れば、もっといろいろなこと教えてくれると思っていたのに・・・。」という。
それを見た都会の人間は、「なんで、考えないんだ。考えることが重要だ」と言う。
多くの、多くの場面でこれが起こっているような気がする。
この発言には、決定的な認識の違いがある。
田舎の人間は、最後の最後まで考えて、それでも情報がないから言っている発言なのに対し、都会の人間は、「初めから何も考えていない。」としてそれを受け取る。
田舎の人間は、何年もの間、すさまじく考えてきたに違いない。
だが、その情報が薄く、間違っていたものだったが故に、頭の中が混乱してきた。
この、「混乱してきた」という意味がわかるだろうか。
そんな状態で、都会の、「不自由なく情報が手に入る状況にいる人間」と話すのだから、認識の差異が生じて当然だ。
一見するといろいろなことを知っている都会の人間。
そんな人間が、薄っぺらな認識で田舎の者をあざ笑う。そんな状況が、時々見られた。
そして、田舎の人間は都会の人間に自由に操られる。従属させられる。奴隷となる・・・。
実際は、何も考えずに育っているのは都会の人間なのに。
それなのに、環境の違いによって、「報われなかった努力」をしてきた人が軽くあしらわれる。そんな世界。
都会の人間は、本当は、何も考えていないのは自分だということを気づこうともせず、田舎の人間を「何も考えていない」と判断し、あざ笑うようになる。
そして、田舎の人の質問に、だんだん答えて行かなくなる。
質問に答えないのだから、「自ら情報を発信する。」ということもほとんどしない。
これが、都会の人間の姿。正確には、「田舎の人間と接した、都会の人間の姿。」
この種の落とし穴に陥った人間は、「まず初めに相手より優位にならない限り、自らの心の平安を手に入れることができない」という人が多いように思う。
それは、ある種、田舎の人間による「知識が大事」というふるまいに、慣れていない都会の人間が翻弄され、「そう振る舞う」ようになってしまうから。
ここで、いろいろなことが起きている。
田舎の人間は、今まで情報が少なかったが故に、「情報」に価値を置く。
田舎の人間にしてみれば、「考えること」は、「当然」のことなのだ。
都会の人間は、そんな田舎の人間に翻弄される。
何故、田舎の人がこれほどまでに情報に固執するのかがわからない。
田舎の人間が情報を重視しているのを見て、「考えることが大事」と
主張し始める。それは、ある意味、自然なことのように思える。
今の世代、田舎の人も、都会の人も、偏った教育を受けてきた。
「勝たねばならぬ」の理論により、常に勝たねばならない状況に
追いやられていた。
ここで、必然的に田舎の人と都会の人の「戦い」が始まる。
都会の人間は、田舎の人の、いわば「情報ショック状態」の過激さ
により翻弄される。
だが、勝負となると、結局は、「教える立場」である都会の人の方が勝つのだ。
自らが優位に立つために、都会の人間は、「聞かれたら答える」ということをするようになる。
これは、非常に微妙なテクニックだ。
この、「聞かれたら答える」は、本当の意味で悟った人も、そうなることがある。
だが、ここの場合、実際に悟っているわけではなく、「相手に勝つため」
ただそれだけのために、「聞かれたら答える」というテクニックを使う。
そのテクニックは、見かけ上は悟っているように見えるが故に、多くの人が
そのテクニックを使っている。そして、田舎の人間より優位に立つ。
そして、そのテクニックを守るために、「情報の発信」をしなくなる。
それは、極めて当然の姿のように思える。そういった人にとっては、
「情報の共有」より、「情報の隔離」の方が重要だからだ。
実際、技術に関して言えば、正確な情報が1つあれば十分というのは
確かではあるが、そこへ導くための情報ですら、都会の人間は与えるのを拒む。
自ら「情報を発信する」というところにたどり着くのは僅かな人であり、
多くの人はこの落とし穴にはまって行く。
自ら、「情報を共有する」という姿は、自らをさらけ出さなくてはできない姿。
多くの人は、自らの殻に閉じこもって、井戸の中の蛙になるのだろうか。
それは常に、「勝負」という、本来、不健康な姿から生まれる。
全ては「勝たねば、自らの心の平安を手に入れることができない。」という、
現代の人々に共通の「悩み」から来ている。
戦うことをやめれば、そんな不健康な姿は消えてなくなるのに。
ここでは、認識の差異による、不健康な姿を見た。
都会の人間だけのコミュニティなら、こんなことは起こらなかったであろう。
田舎の人間だけのコミュニティなら、こんなことは起こらなかったであろう。
私は、人が人をばかにし始める、一つの姿を見た。
人と人が交わるとき、何が起こるのかを見た。
私も、上のような「戦い」に巻き込まれた。というか、上のはまさに私の姿だった。
そのとき、ついつい私は相手をばかにしてしまった。
その当時、私は、ここで書いているようなことを人に言いたくなかった。
だから、何も言わなかった。
そのとき「戦い」になった私の友人は、いわば「行動」を、ある種の哲学に交えて、私に言ってきた。
つまり、「俺の理論が正しい」と言いたかったのであろう。
私は、その理論が、彼自身のものではなく、彼の父親から前日にでも伝えられたものだということを、直感で見抜いていた。
だから、その彼の理論は、「素晴らしい理論に、激しく打ち立てられた自分」として、彼が表現していた。
言葉だけなら、確かに筋が通っている。だが、体と言葉が一致していない、その姿。
だから、私は何も言わなかった。体と言葉が一致していないのを間近に見てしまったが、それでも、「それは、違うよ。」とも言わなかった。
言葉で言ってみたところで無駄だろう。
人を変えるには、並ならぬパワーがいる。私は、自分(私)がここまで育ててしまった彼のエゴを間近に見、自ら私の育てた創造物として眺める他はなかった。
私が彼を馬鹿にしてしまった結果がこれか。目の前にある現実。眺める他はなかった。
ただ、この時点になって初めて、彼を認めてみた。
「よくわからない。」
そう、一言言ったら、彼は去っていった。
平成12年8月19日
追記:
上で、彼の父親の姿は表現したが、母親の姿が
表現不足だったような気がしたので、ここで少し、追加しておきたい。
〜 〜 〜
行動しなくなった子供(彼)に対する母親の姿。
母親は、そんな彼に対し、
「行動しないなんて、そんな子は私もいやだよ。」
みたいなことを言っただろうか。
こんな状況で、子供が「行動すること」に走らない方がおかしい。
子供は否応なしに「行動すること」を強要され、
父親は子供のそんな姿を見て喜び、母親は子供のそんな姿を見て喜ぶ。
そして、その「喜び」とは、「他人より勝る喜び」であり、
「他人を足下に踏みつけた上で成り立つ喜び」であることを。
その姿は、とてつもなく不健康だ。
その家族はいい。その父親と母親は、今まで「勝ってこられた」のだから。
父親は自ら勝負に挑み、そして、勝ってきたに違いない。
母親はそんな影に潜み、愛に徹し、父親の「正当性」を表現してきた。
だが、その「正当性」は、上にも書いた通り、「嘘と真実」であるということを。
「勝負という不健康さ」に対し、「愛という正当性」。
母親は、自らが影に徹することにより、「正当性」を守る。
だがその心は、「勝負に勝つ人の横にいて、自ら(母親)も『勝つこと』を
望んでいる。」と、いうことを。
その心を表には出さず、ひたすら「愛」に徹し、自らの葛藤を
極限まで減らしている。実際、自らの不健康さにすら気づかない。
理由も考えず、ただ、「自らの心地のよい状況」を作り出している。
自らが行動しなければ「葛藤」はほとんど起きない。
そして、そんな状況で横にいる人が「勝負に勝つ」ことをする。
そうすることにより、何も行動せずに自らは「優越感」というものを
手に入れることができるのだ。
昔から、言われてこなかっただろうか。「他人には迷惑をかけてはいけない。」と。
あの年頃の父親・母親はきっと、昔から、言われて来ていることだろう。
だが、ここでは、「自分の手で行っているわけではない」という理由により、
「間接的な、他人への迷惑行為」が安易に許されてきた。
こうなった原因はやはり、「他人に迷惑をかけてはいけない。」という理論が
いわば表面上のみのことであり、真実を示していない、という点。
「他人を思いやる気持ち」/「自分が多少のことをされても気分を害さない心を育てる」という気持ち。
この点をなくしては、「他人に迷惑をかけてはいけない。」という理論は、単なる理論として終わる。
そして、「自分の手を汚さないのであれば、何をしようが気にしない。」という人が生まれる。
それに、昔から言われてこなかったのだろうか。「見て見ぬふりをしていた人も同罪だ。」と。
つまりは、自他同一、ということを。
確かに、社会に出てからは「自らが行動しなければ罪ではない」という事がまかり通っている。
その、社会の常識に自分を合わせてしまった結果がこれだ。他人に迷惑をかけることも気にしない、
自己中心的な、だがそれでも自らの心の内は平安に保つ処世術を身に付けた人が生まれることになる。
どちらが本質か、ということであるが、明らかに「自他同一」が本質的だ。
だが、子供は「それが何なのか」がわからない。
子供は、「それが何なのか」がわからないのだ。 この意味が、わかるだろうか? この言葉の意味が、わかるだろうか?
「見て見ぬふりをしていた人も同罪」という意味もわからないし、
「自分が行動しなければ罪ではない」という意味の本質もわからない。
何が正しくて、何が悪いのか、そして、どう判断すればいいのか、何もわからない。
「それが何なのか」が、何も教えられていない・・・・。 そんな世界。この時代。
そしてやがては、「楽な方向」に流れて行くのは自然の流れ。
本質を教えてもらわなければ、それは単なる処世術として扱うしかない・・・・。
本質は、 見ることすらも出来ないほどに「疲れ果て」、過敏な神経は行き場を失い、暴走寸前になる。
多くの場合、「法律」にそれを委ねることになる。 だが、それは、本質的ではない。
「法律に反してないから」という理由は、全く理由ではない。
確かにそれは「最低限のライン」を示してはいるが、「自らの本質」に、全く掛け合っては来ない。
全ては、「自らを見つめること」を許されていない為。
「自らを見つめること」を、誰も教えてはくれなかった為。
ずっと、「頭」でしか物事を考えさせてくれなかった、この時代の流れの為。
「言葉」でしか物事を考えさせてくれなかった、この時代の流れの為。
子供、真実を教えることのできる大人の下にいない子供たちは、言葉と言葉の合間で、板挟みに合い、 常に口うるさく指導され、自らの本質を見つめることも許されず、ただ「矛盾」の中を生きることになる。
そしてやがては、大人の姿を模倣するようになる。
そこにあるものは、「勝って、勝ち続けなければ、自らの心の平安を手に入れることができない。」という人の姿だ。
これを模倣するしかない。 子供には選択肢がない・・・。 何も選べない。 動くことも許されていない・・・・。
ここに又、真実を見失った人が生まれる・・・・。
そして、やがては、大人は「勝負するようになった子供の姿」を見て、喜ぶようになる。
それは、自らが勝負しなくても、子供が「勝ち」を味あわせてくれるようになるからだ。
大人は、子供を自らの人形のように取り扱う。 子供が勝負し、大人は動かなくなる。
だが、その心は何も変わってはいない。昔のままだ。 ただ、環境が変わっただけだ・・・・。
「勝って、勝ち続けなければ心の平安を手に入れることができない。」という心の内はそのままだ。
何も変わっていない。 何も変わらない。 変えようとしない・・・・・。
その中に留まらなければその人は死んでしまうから。
こうして、又もや、真実を見失った人が生まれることになる・・・・。 悪循環は、又もや繰り返されることになる。
子供は、大人が思っているほど愚かではない。 だが大人は、「子供はその程度だ」として扱い、選択肢も許さず、
ただ悪循環の中を、「そういうものだ」として「限られた世界の満足」を教えて行く。 大人は、一見子供が喜んでいるような姿を見ることにより、「子供はそういうものだ」と更に思い込んで行く。
こうして、悪循環は加速される。
大人は、子供にある「無邪気さ」をたてにとり、「無邪気ならば、何をやってもよい」と考える。
これが、気づかない内に優越意識を加速させていることにも気づかずに。
「無邪気なのがいけない」と言っているのではない。「無邪気ならよいと考えてしまうこと」が問題なのだ。
真実は教えられず、ただ、「無邪気でいるための処世術」をこの世に氾濫させる。
そうして、やがては「大人の姿」を模倣するようになる。
真実は全くと言っていいほど教えられていない。ただ、「無邪気さ」だけがそこでは教えられる。
「無邪気さ」と「処世術」、この2つが子供教育の軸をなしている・・・。
真実は、どのように教えたらいいのだろうか。
それにしても、「全ての人は、一度死ぬべきだ。」 とはいつも思う。
肉体的にではない。自分自身の、「自分」という認識を殺してくればいいのに、と思っている、ということ。
一度死んでこそ、しがらみから解き放たれ、自らの人生を歩めると言うのに。
再度言うけど、生命を消せ、と言っているのではない。自らの内にある、「ジブン」という心を、一度殺してきた方がいい、というわけだ。
それは、大人子供に限らない。 「そのような姿」を薦めたい。
とは言っても、方向性を確かにしていなければ、又もや勝ち誇りにそれを結び付けてしまうわけだが・・・・。
例えば、上の「無邪気さ」も「ジブン」を消すための方向であるが、しかし、そこに真実の方向性が加えられていないが故に間違った方向(例えば、処世術)へと向かってしまう。
一度に完全にジブンを殺すのは難しいもので、多少残ってしまうことがある。
そんな時に方向性を確かにしていないと、又もや勝ち誇りにそれを結び付けてしまう、ということ。
本質は、どこまで行っても、必ずや必要だ。
「正直さ」は薄れ、姿形だけ「愛」を保つ人たち。
それを見た。
私は、大学を卒業し、初めて「自由」を得た。
今思えば、大学とはカゴの中だった。
だが、それに気づけなかった。 気づけない環境が、そこにはあった。
常に「勝負」を強いられるその環境。
私は、大学卒業前の、最後の夏、初めて北海道で「自由」を微かに知った。
それ以来、私にとって大学とは重要なものではなくなった。
長かった。
そして、大学を卒業し、初めて「自由」を得た・・・・・。
大学卒業の前、夏の前、北海道へ行く前、私は自分自身を見失っていた。
そして、教授に、大学院へ行きたいとか言っていた。
でも、教授に、散々にコケにされた。
今思えば、大学院なんかへ行かなくてよかった。
もしも行っていれば、更なるエゴの世界へと突入していただろうから。
悪循環に、更にハマっていただろうから。
卒論発表のその時、私を散々コケにした教授も顔を出していた。
私は、北海道へ行き、もうこんなバカげた大学なんてもうこりごりだと心底から思っていた。
私は、卒論なんてやりたくなかった。 興味も全くなくなっていた。
でも、大学の間、エゴの世界を突き進んだ結果として、その卒論の発表の場に私は立たなくてはならなかった。
私は葛藤した。 めちゃくちゃむかついた。 この4年間の出来事が、
まるで死ぬ前に一生を思い出すがごとく頭の中を貫いた。
そして、私はそのめちゃくちゃむかついた顔のまま、卒論発表をした。
結果は散々。
しかも、ずっと見ているだろうと思った例の友人は、教室から出ていたらしい。
教授も、こっちを見ずらそうな顔で見ている。
同じ研究室だった、とある人もいた。 その人が私に質問を出した。
私はその質問の意味を、それなりに適当に受け流した。
が、その人にとってみれば、それが私がわからなかったものとして受け止めたらしい。
研究室に戻ってから、部屋の片隅で ククククク・・・・。 という薄ら笑いを浮かべる彼。
こうして、又もや「勝って、勝ち続けなければ心の平安を手に入れることが出来ない。」という者が誕生した・・・・・・。
戦いから抜け出た人は彼らの餌となり、そして、戦いから退散して行く。
戦いから抜け出た人は自らの幸せを探す。 そして、戦い続ける人は他人を踏みつけることを止めようとしない。
大学という場で、人は、如何に人を踏み潰すかを、私は見た。
大学という場が全てこうだとは思わないが、私の行った大学が、基本的にエゴの集大成で出来ているということを見た。
このような場所では、正常な学問は進まない。 その姿を見た。
一度働いてから、それでもなお、再度勉強をしたい人が行く場所ならば正常な場所となり得るのかもしれない。
ましてや、社会人経験もせず、そのまま大学教授になった人ほどたちの悪いものはないというところを見た。
彼らは、エゴの塊だ。 教授と言う面をかぶり、生徒を踏み潰しつつ生きる彼らは、まるで寄生虫だった。
もう、二度とあのような世界とは関わらないだろう。 もう、たくさんだ。
怒ってもいい。泣いてもいい。笑ってもいい・・・・。
ただ、「正直さ」、それを育てていけるような世界、それを求めたい。
平成12年8月25日 記
平成13年6月30日 手直し
平成15年3月10日 手直し
|