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旅には、大きく分けて2つの種類があると思う。
1つは、旅によって安心感を得る旅。
つまりは、非現実の世界の中に身を置いて、現実の疲れを癒す旅だ。
もう1つは、既に行っている旅。
つまりは、現実世界の、常日頃の日常生活の延長線上としての、旅だ。
どちらも、どこかへ行くことには変わりない。
だが、その方法はとてつもなく違っている。
どちらも「感動」は付きまとう。同じ言葉でどちらも「感動」と表現できるが、その内容・目的は違う。
前者は、「たまに」、激しい感動と共に旅を終える。 そして、それはしばらくしたら忘れ去られ、再度、旅を求めるようになる。
後者は、「常に」、「日常生活そのもの」が旅のようなものだ。 毎日の生活がわくわくし、いつも、同じ場所にいようとて同じ日は二度とない。
両者は、とても違っているようにも思える。 だが、前者が、やがては後者の感覚へと移ってゆく・・・・。 前者は、後者の感覚の始まりであるからだ。
人生そのものが旅であるという感覚。 それこそが、後者の意味における「旅」であり、その鍵として、ひとつのあり方が 「いわゆる旅」 というものに現れてきている。 人生そのものが旅である以上、「居場所」が変わろうが、その旅の途中にいることには変わりがない。
だから、旅とは、非現実の生活の延長ではなく、日常生活の延長となる・・・・・・。 全てを昇華し、「気付き」を最大限にまで発揮できる為の。
これは、「常にいろいろな場所に旅をし続けなくてはいけない」という意味ではない。自分自身の生活の再発見の意識に至ることこそが、後者の旅の意味するところと思う。
それは神性でもあり、それを知るためにこそ生きている、とさえも思う。
平成14年7月15日 23:02 記
平成14年9月8日 16:31 手直し
注意! 多々、記述が古い個所があります。
思想・概念・状況等、今とはかなり違っている個所があります。
人や文化とは「歴史」こそが重要と考える為、残してあります。
ご理解の上、参照下さい。 (2003/1/2 記)
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