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旅をする人たちは、大きく分けて2種類の人たちに分類されると思う。
1つは、旅によって自らを大きくしようとしている人々。
もう1つは、旅によって自らを消そうとしている人々。
旅によって自らを大きくしようとしている人は、言い換えれば、
「大自然に打ち勝つため」に旅をしている。
旅によって自らを消そうとしている人は、言い換えれば、
「大自然と共になろうと」旅をしている。
この違いは、とてつもなく大きい。
そして、その旅の仕方も。
旅によって自らを大きくしようとしている人は、
自転車を、「大きく」、「重いギアで」漕ごうとする。
旅によって自らを消そうとしている人は、
自転車を、「小刻みに」、「軽いギアで」漕ごうとする。
旅によって自らを大きくしようとしている人は息切れが絶えないのに対し、
旅によって自らを消そうとしている人は、息切れをあまりしないように走る。
このあたりは、自転車に乗り慣れているかにも関係してくるが、
いわゆる、自転車で前から言われている言葉、
「くるくると漕ぐ」
というのは、旅によって自らを消した人の言葉なのではないか、と私は思うのだ。
それは、その人の心のありかたを示している。
とてつもなく心は軽く、透明で、自然と共になって初めて、
「くるくると漕ぐ」ということの意味を感じられるのだと思う。
最近、私は、下りよりも登りの方が楽しくなってきた。
下りは漕がないが、登りは、くるくると漕ぐことができる・・・・。
私は大抵、一番下(前1-後ろ1)か、その上くらい(前2-後ろ1)くらいで
上り坂は漕いでいる。
私は、息切れすることを好まない。限りなく負荷をなくし、坂を上る。
それは、自らの心の軽さと共にやってきた。
自らの心が軽くなれば軽くなるほど、私の自転車の旅は楽しくなっていった。
自然と共にあること、それは自らの心を軽くすること。
自転車の旅とは、自らの心を軽くすることにある・・・・。
平成12年9月23日 記
注意! 多々、記述が古い個所があります。
思想・概念・状況等、今とはかなり違っている個所があります。
人や文化とは「歴史」こそが重要と考える為、残してあります。
ご理解の上、参照下さい。 (2003/1/2 記)
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